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東京高等裁判所 昭和50年(行ケ)114号 判決 1976年3月13日

原告 倉持儀光

被告 千葉県選挙管理委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

原告は、「昭和五〇年四月二七日行われた佐原市長選挙を無効とする。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は、主文同旨の判決を求めた。

第二、原告の主張

一、原告は、昭和五〇年四月二七日行われた佐原市長選挙(以下、本件選挙という)における選挙人である。

二、原告は、同年五月一一日佐原市長選挙管理委員会に対し、本件選挙が後記の理由により無効である旨主張して異議の申出をしたが、同委員会は同年同月二七日右申出を棄却したので、同年六月一七日被告に対し審査の申立てをしたところ、被告は同年八月二六日原告の審査の申立てを棄却する裁決をして該裁決書を同年同月二五日原告に交付した。よつて、原告は、公職選挙法二〇三条に従い本件訴の提起に及ぶものである。

三、本件選挙は、次の理由によつて無効である。

(1)  本件選挙に当り、同選挙の選挙人石橋すみが千葉大学附属病院に入院しており歩行が著しく困難であつて公職選挙法(以下、単に法という)四九条一項三号の要件に該当するから不在者投票をするべく、訴外石橋をして佐原市選挙管理委員会に不在者投票の方法を尋ねさせたところ、同委員会は「公立の病院であり、かつ指定されたものでないから認められない」旨を述べて暗に不在者投票の方法による投票を断念させたが、本件選挙における不在者投票数は四二〇票の多数に及んでいて、同委員会はこれらの投票者らに対しては不在者投票の方法を周知させながら、他方右石橋すみのごとき選挙人のうちの或る者に対してはその方法を知らせず、投票方法の周知方につき選挙人を差別して取扱つたものであるから、自由、公正を理念とする選挙法の精神に反し、法六条一項の趣旨に著しく反したものである。もつとも、被告主張のごとく「広報さわら」が発行された事実および右石橋すみが本件選挙の前日右病院を退院し被告主張のごとく投票所において投票をした事実は認める。

(2)  本件選挙における不在者投票は、不在者投票証明書の不備その他から明らかに法四九条、法施行令五〇条ないし六五条に著しく違反して行われたものである。すなわち、

(イ) 佐原市選挙管理委員会は、千葉県香取郡小見川町四六七八番地所在本多病院に精神病患者として入院中の選挙人三〇名について、一括して不在者投票の請求をさせて、これを受理したうえ投票を行わせたが、同患者らは法四九条三号に定める「歩行が著しく困難である」との要件に該当しないものであり、右の投票用紙等の交付請求は同選挙人らから法施行令五〇条四項による依頼がないにも拘らず、一括して請求されたものであつて、重大な法令違反がある。そもそも精神病患者として入院中の選挙人らが自由意思に基づいて投票用紙等の一括交付請求をするということはありえないのであるから、佐原市選挙管理委員会としては安易な取扱いをすべきではなかつたのに、慎重な配慮をすべき責任を果たさなかつた。

(ロ) 千葉県成田市押畑八九六番地所在成田病院に入院中の選挙人加藤秀年について、同人が依頼しないにも拘らず不在者投票用紙等の交付請求の手続がとられ、同選挙人に投票用紙等が交付された。

(ハ) また、これらの病院においては、選挙人らの知らない間に代理投票の形式によつて不在者投票がなされた。

しかして、以上のような不正な事実は他にも存在し、その投票総数はかなり多数に達し、本件選挙の自由、公正は著しく害されている。

(3)  開票に関する法令違反

(イ) 本件選挙において、開票管理者は、開票の公正な管理を怠り、開票事務従事者以外の佐原市幹部職員である教育次長及川正七、民生部長高頭喜代司、総務部長大山義雄、経済衛生部長栗田四朗が開票所に故なく出入するのを看過した。しかも、これらの幹部職員は本件選挙における市長候補者宇井隻平の有力な選挙運動員であるから、開票につき不正行為の可能性を生ぜしめた。これは明らかに法七四条、五八条に違反し開票の公正を著しく疑わしめるものである。

(ロ) また、開票事務従事者中の或る者が開票作業中にしばしば席を離れ、開票所から退場する等の事実があり、或る開票事務従事者は開票作業中に開票所正面前において前記宇井候補を後援する隻友会々長大野三郎と数分間にわたつて協議した事実がある。これらは法七四条、六〇条に違反し、開票の公正を疑わしめるものである。

(ハ) 本件選挙の開票に当り、投票の点検、得票数の発表についても重大な法令違反がある。すなわち、本件選挙当日の午後七時三〇分から開票が始められ、午後八時三〇分から三〇分ごとに開票の状況が発表されたが、午後一〇時三〇分における発表の得票数合計が総開票数と一致せず、開票参観者らから非難の声があがり、一時開票場内が喧騒となり、開票事務が約三〇分に及ぶ休憩を余儀なくされた。そしてその後の発表は、前の発表との間に大きな違いがあつた。とくに無効票の数が突如として増えた。これは、開票が公正に行われなかつたことを表わすものである。

(4)  選挙事務関係者らの法令違反行為

(イ) 本件選挙に際し、佐原市職員労働組合は、前示宇井候補との間に「佐原市長選挙政策協定」なるものを締結し、同市職員の一部の者はその地位を利用して、同市役所内においてはもちろんのこと、街頭においても、チラシ等の刊行物を頒布し、もつて同候補の選挙運動を行つた。また、前示幹部職員及川正七、高頭喜代司、大山義雄および栗田四朗は、いずれも同候補のために選挙運動を強力に行つたものである。これらは、法一三六条の二に違反する行為である。

(ロ) 本件選挙における選挙長篠塚勘解由の職務代理者兼開票主任であつた平野亨は、佐原市選挙管理委員会書記長として事実上同管理委員会の一切の事務を担当していたものであるが、本件選挙に際し、前示宇井候補の「後援会連絡所」という看板を佐原市佐原イ五九四番地の自宅に掲げ、同候補の選挙運動を強力に行つた。これは、明らかに法一三六条に違反するものであり、このように特定の候補者の選挙運動員によつて選挙管理の一切の事務が担当され執行されたということは、本件選挙の自由、公正が広範囲にわたつて侵害されたといわざるをえない。

四、右の各違法行為は、本件選挙の結果に異動を及ぼす虞れがあるものである。すなわち、

(1)  およそ「選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合とは、選挙の結果に異動を及ぼすことの確実であることを要せず、違法事実があつて不正行為が行われる可能性があれば現実に不正行為が行われたと否とに拘らない」とされるところ前項(1)(2)の違法事実は、その態様からみて極めて悪質であり、本件選挙の無効原因となることは明らかである。

(2)  また、前項(3)(4)の違法事実も、選挙における基本的重要な行為である開票に関するものであり、しかも、開票に当り不正行為が行われた蓋然性が存し、少くとも不正行為が行われる可能性を充分に具有していたものであるから、これまた選挙無効原因となることは明白である。

五、なお、本件選挙における佐原市選挙管理委員会の確定発表による投票総数、有効投票数、無効投票数および各候補者の得票数は左のとおりである。

投票総数    三〇、八八〇票

有効投票数   三〇、五五二票

無効投票数      三二八票

宇井候補得票数 一四、八九三票

白鳥候補得票数 一四、八一三票

石川候補得票数    八四六票

第三、被告の主張

一、原告主張の第一項の事実は認める。

二、同第二項の事実は認める。

三、同第三項につき、

同(1)の事実中、石橋すみが本件選挙の選挙人であつたこと、および本件選挙における不在者投票数が少くとも四二〇票であつたことを認め、石橋すみの歩行が著しく困難であつたとの事実は不知、その余は否認する。なお、石橋すみは本件選挙の前日原告主張の病院を退院し、投票所において本件選挙の投票を行つたものである。

佐原市選挙管理委員会においては、従来から、選挙人に対する不在者投票の周知方法について、選挙のつど同市の広報紙等を通じて広く呼びかけてきたところであり、本件選挙においても同市の発行する「広報さわら、三月号」(昭和五〇年三月二〇日発行)に掲載し、同市の全世帯に配布しているので、その周知方につき差別して取扱つた事実はない。

同(2)の(イ)の事実中、原告主張の本多病院に精神病患者として入院中の選挙人三〇名について原告主張のように投票を行わせた事実を認め、その投票用紙等の交付請求が右選挙人らからの依頼がないにも拘らずなされた事実を否認し、その余の主張を争う。

本多病院における選挙人三〇名の不在者投票は、すべて適法な手続によつて行われたものである。すなわち、本多病院は、法施行令五五条二項二号の規定により被告の指定した病院であつて、かかる病院が選挙人の属する市町村以外の区域にある場合においては、当該指定病院に入院加療中の選挙人は、歩行が可能であつても法四九条一項二号の事由により病院内で不在者投票を行うことができるのである。また、入院加療中の選挙人の病状により不在者投票手続に関する取扱いを異にするべき合理性はないから、不在者投票管理者である本多病院々長が同選挙人らから依頼を受けて佐原市選挙管理委員会に対して投票用紙等の請求をする場合に、これを一括して行うことは何ら差支えがない。

同(2)の(ロ)の事実中、原告主張の成田病院に入院中の選挙人加藤秀年につき、不在者投票管理者である同病院々長が佐原市選挙管理委員会に対して投票用紙等の交付を請求した事実は認め、右加藤の依頼がないにも拘らず右交付請求の手続がなされたとの事実は否認する。しかも、右加藤は、投票に際して同病院々長から交付された投票用紙等を受領し、自らの意思に基づいて投票を行つており、そこに選挙の自由、公平を妨げる何ものも存在しないので、仮りに原告主張のごとく同人の依頼に基づかないという管理規定の違反があつたとしても、本件選挙を無効とする程度の重大な瑕疵とはいえない。

同(2)の(ハ)の事実中、選挙人らの知らない間に代理投票の形式によつて不在者投票がなされた事実を否認し、後段の主張を争う。

同(3)の(イ)の事実中、開票事務従事者以外の佐原市幹部職員である原告主張の者らが開票所に故なく立入つたことを認め、これら幹部職員が本件選挙における宇井候補の有力な選挙運動員であつた事実は不知、その余は否認する。

右幹部職員らは、佐原市の表示のある腕章をつけて開票所内に立ち入つたものであるが、早く開票状況を知りたいために開票事務従事者の背後から開票状況を見ていただけであつて、投票に触れたり右事務従事者に話しかけたりしたことはない。

同(3)の(ロ)の事実中、原告主張の各事実があつたことは不知、その余の主張は争う。

同(3)の(ハ)の事実中、本件選挙の開票が選挙当日の午後七時三〇分から開始され、午後八時三〇分から三〇分ごとに開票状況が発表されたことおよび開票中に約一五分間に及ぶ休憩がなされたことは認めるが、その余は否認、後段の主張は争う。

仮りに、原告主張のような発表の誤りがあり、あるいは表現が適切でなかつたとしても、投票の点検、計算の処理の過程において不正行為がなく、結果において投票の点検、計算に誤りがない以上は、何ら選挙の結果に異動を及ぼすものではない。

同(4)の(イ)の事実は不知。

同(4)の(ロ)の事実中、本件選挙における選挙長篠塚勘解由の職務代理者兼開票主任である平野亨が佐原市選挙管理委員会書記長として実際に同管理委員会の事務を担当していた事実を認め、その余は不知、後段の主張は争う。

法二〇五条一項にいう選挙の規定に違反するとは、主として選挙の管理執行機関の規定違反を指すものであるから、仮に、本件選挙において、佐原市職員および同市選挙管理委員会書記長平野亨について原告主張のような事実があつたとしても、候補者、選挙運動者および選挙事務関係者等に対する選挙の取締りないし罰則規定違反に問われるかどうかの問題があるだけであつて、これらの事実のみをもつて直ちに自由、公正な投票が阻害されたとはいえず、従つて、選挙の無効をきたすことはない。

四、原告主張第四項は争う。

五、同第五項の事実は認める。

第四、証拠<省略>

理由

一、原告主張の第一、第二項の事実は、当事者間に争いがない。

二、原告が本件選挙の無効事由として主張するところについて判断する。

(1)  原告主張の石橋すみが本件選挙の選挙人であつたことは当事者間に争いがないが、同人が千葉大学附属病院に入院中に佐原市選挙管理委員会から原告主張のように不在者投票の方法による投票を断念させられた事実を認めうる証拠はない。なお、右石橋すみが本件選挙の前日同病院を退院し投票所において本件選挙の投票を行つたことは、当事者間に争いがない。また、同選挙管理委員会が不在者投票の方法を周知させるにつき、原告主張のように選挙人を差別して取扱つた事実を認めるのに足りる証拠はない。従つて、右主張の点につき違法があるとする原告の主張は採用できない。

(2)(イ)  原告主張の本多病院に精神病患者として入院中の本件選挙人三〇名について原告主張のように不在者投票を行わせた事実は、当事者間に争いがないが、同病院が本件選挙の選挙人の属する佐原市以外の区域にあることもまた当事者間に争いがなく、同病院が法施行令五五条二項二号の規定により被告千葉県選挙管理委員会によつて指定された病院であることは、成立に争いのない甲第五号証および証人諸徳寺浩の証言によつて認められるところ、法四九条一項二号所定の事由、すなわち選挙人が事故のためその属する投票区のある市町村の区域外に滞在中である場合には不在者投票ができるのであるから、同病院に入院までして加療中の選挙人はたとえ歩行が著しく困難でなくても、事故のために右区域外に滞在中の者として同病院内で不在者投票を行うことができるものといわなければならない。従つて、右選挙人らの歩行が著しく困難でなかつたとしても、そのことをもつて同人らの不在者投票の違法をいうことはできない。

また、同選挙人らからの依頼がないにも拘らず投票用紙等の交付請求がなされたとの原告主張事実にそう証人小笹一男の証言および原告本人尋問の結果は、いずれも伝聞に基づくものであつて正確な調査によるものでないことがその供述自体から窺われ、証人諸徳寺浩の証言および同証言によつて真正に成立したものと認められる乙第一号証の一ないし五、同第二ないし第五号証に照らし採用できず、他に右主張事実を認めるに十分な証拠はない。

なお、不在者投票管理者である同病院々長が同選挙人らのために投票用紙等の請求を一括して行つたこと自体には違法をいうべき点はないものといわなければならない。

(ロ)  原告主張の成田病院に入院中の選挙人加藤秀年につき同人の依頼がないにも拘らず不在者投票用紙等の交付請求手続がなされたとの原告主張事実を認めるのに十分な証拠はなく成立に争いのない甲第六号証(裁決書)には、被告委員会が本件訴の前提となつた原告からの審査申立てに基づく裁決において、右原告主張事実と同様の事実認定をした旨の記載はあるが、その認定資料は明らかでなく、明らかにこれに反する証人加藤秀年の証言に照らして右記載の証拠価値を見出し難い。かえつて、右加藤証言によれば、同人は、自らの依頼に基づいて交付請求がなされた投票用紙等を不在者投票管理者である同病院々長から受領し、自らの意思に基づいて不在者投票を行つたものであることが認められるから、同人の不在者投票について違法はないものといわなければならない。

(ハ)  原告主張のこれらの病院において選挙人の知らない間に代理投票の形式によつて不在者投票が行われたという事実を認めるべき証拠はない。また、原告は、右のような不正事実は他にも存在し、その投票総数はかなりの多数に達すると主張するが、その主張自体、具体性に欠けるばかりでなく、そのような主張事実を認めるのに十分な証拠はない。証人高橋豊の証言および原告本人尋問の結果をもつてしても右主張に相当する具体的事実を認定することはできない。

なお、右のほか本件選挙における不在者投票につき原告主張のような不正があるとの事実を認めるのに足りる証拠はない。

(3)(イ)  本件選挙において、開票事務従事者以外の佐原市幹部職員で原告主張の者らが開票所に故なく立ち入つたことは当事者間に争いのないところであり、右の者らが佐原市の表示のある腕章をつけ開票事務従事者の背後から開票状況を見ていたことは、被告において自陳するところであつて、右の者らが開票所内において開票事務従事者と話しかけ合うことのできる位置まで開票所内に立ち入つていたものであることは証人小貫衛の証言によつて認められるから、開票管理者がこれを看過、放置したことは開票所の管理、秩序保持のため法(七四条、五八条、五九条)が定めた開票管理者の義務を怠つた違法があるものといわざるをえないが、右幹部職員らが特定の候補者宇井候補の選挙運動員であつたことを認めるべき証拠はなく、右の者らが開票所内において開票の公正を害するおそれのある言動に及んだことを認めるべき証拠もないから、右立入りの看過、放置をもつて開票の公正を著しく疑わせるものということはできず、いまだ、右により選挙の結果に異動を及ぼす虞のある違法があつたということはできない。

(ロ)  原告が前示第二、三、(3)(ロ)において主張する事実は、これを認めるに足りる証拠がない。

(ハ)  原告が前示第二、三、(3)(ハ)において主張する事実の中、本件選挙の開票が同選挙の当日午後七時三〇分から始められ午後八時三〇分から三〇分ごとに開票の状況が発表されたことは当事者間に争いがなく、午後一〇時三〇分の開票状況中間発表において各候補の得票数合計が開票総数と一致しなかつたため、開票参観者らから非難の声があがり一時開票所内が喧騒となり、開票事務が暫時休憩を余儀なくされたことは、証人篠塚勘解由、同平野亨、同小貫衛、同平山達也、同及川正七の各証言によつて認められるが、右平野証人の証言によれば、右票数の不一致は無効票として決定済の二二七票を発表しなかつたことによるものであつて、前示甲第五号証によれば、この誤りはその後の発表によつて訂正されたことが認められ、他にこれに反する証拠もなく、最終的に佐原市選挙管理委員会が確定発表した投票総数、有効投票数、無効投票数と各候補の得票総数が原告主張(第二、五)のとおりであることは当事者間に争いがなく、その発表票数関係に矛盾がないことが明らかであるから、右中間発表の誤りは、選挙の結果に異動を及ぼす虞があるものということはできない。また、右発表の誤りのため開票所内が一時喧騒となり、開票事務が暫時休憩を余儀なくされたことにより開票の公正が害されたことを疑わせる事実を認定すべき証拠はなく、これにより選挙の結果に異動を及ぼす虞があるということもできない。

(4)(イ)  原告主張のとおり、本件選挙に際し佐原市職員労働組合が前示宇井候補との間に「佐原市長選挙政策協定」なるものを締結したことは、証人森田肇の証言および原告本人尋問の結果によつてその成立を推認できる甲第一号証によつて認定しうるところであり、右労働組合所属の同市職員中の一部の者が同市役所内および同市の街頭においてチラシ等の印刷物を配布して右宇井候補の応援をしたことは、右森田証人の証言によつて認められるが、これらの者が地方公務員としてその地位を利用して法一三六条の二所定の選挙運動に及んだことを認めるのに十分な証拠はなく、右の者の前示認定の行為によつては、いまだ本件選挙の自由、公正が害されたとは考えられず、選挙の結果に異動を及ぼす虞があるとはいえない。なお、原告主張の幹部職員及川正七、高頭喜代司、大山義雄、栗田四朗が右候補のために選挙運動を行つたことを認めるのに足りる証拠はない。この点に関する原告本人尋問の結果は伝聞に基づくものであることがその供述自体から明らかであつて、正確な資料に基づくものとは認められないから採用できない。

(ロ)  原告主張の職にある平野亨が佐原市選挙管理委員会の事務を担当していたことは当事者間に争いがないが、同人が本件選挙に際し前示宇井候補の「後援会連絡所」という看板を自宅に掲げ、同候補の選挙運動を行つた事実を認めるのに足りる証拠はない。証人平山一男の証言によれば、「宇井隻平連絡事務所」と表示した看板が右平野の屋敷内裏手の物置の格子戸に道路に面して掛けてあつたことを認定できるが、証人平野亨の証言によれば、右看板は同人以外の者によつて掛けられたものであり、同人は本件選挙期間中このことを知らなかつた事実が認められるから、これによつて同人が右候補のために選挙運動を行つたという原告主張事実を認めることはできない。従つて、その主張事実を前提として違法をいう原告の主張は採用できない。

三、しかして、前項において認定できる各事実関係を総合し、その間に認められる法令違反ないし手続等の不適正を併せ考えても、本件選挙の自由、公正が害されて選挙の結果に異動を及ぼす虞があるものとは認められないから、これによつて本件選挙の無効をきたすものということができない。

四、よつて、原告の本訴請求は失当として棄却すべきであり、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 畔上英治 安倍正三 唐松寛)

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